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川淵三郎の妻(嫁)・子供(娘)・孫など家族構成は?プロフィールも調査!

東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の森喜朗会長が、辞任の方向で決意を固めたということで、後任の川淵三郎さんに注目が集まっている。

川淵三郎さんは、日本サッカー協会元会長もされており、現在も日本サッカー協会(JFA)の相談役を務め、日本サッカー会の重鎮と言われています。

 

そんな川淵三郎さんの家族構成やプロフィールが気になります。

そこで今回は『川淵三郎の妻(嫁)・子供(娘)・孫など家族構成は?プロフィールも調査!』と題してまとめてみましたので、参考にしていただけるとうれしいです。

  • 川淵三郎の妻(嫁)・子供(娘)・孫など家族構成は?
  • 川淵三郎のプロフィール

 

川淵三郎の妻(嫁)・子供(娘)・孫など家族構成は?

川淵三郎さんの家族構成は、妻と2人の娘4人家族です。

妻(嫁)は川淵康子

川淵三郎さんの妻の名前は、「川淵康子」さんで、1962年12月にご結婚されています。

現在の年齢は、川淵三郎さんと2歳違いの82歳です。

 

妻の康子さんの写真が川淵三郎さんのTwitterにありました。

とっても仲が良さそうです。

こちらは、夫婦で名古屋の親しい友人宅にお花見にいく新幹線の中でも写真です。

川淵三郎さん、康子さんの隣ですごくうれしいそうです。

 

妻・康子さんは友人の妹で、羽衣学園高等学校の卒業だそうです。

地元高石市のご出身で、伴侶の康子夫人は、羽衣学園高等学校の卒業生でもあります。

 

 

また、川淵三郎さんと妻の康子さんの馴れ初めについてはこんな記事を見つけました。

川淵さんは式典で、高校を卒業して浪人をしていたころ、妻の康子さん(80)に恋心を抱いた場所が羽衣駅だったと明かし、「この場所でまたいつか多くの愛が育まれることを願っています」と語った。

引用:https://www.asahi.com/articles/ASM8T3PKNM8TPPTB004.html?iref=pc_photo_gallery_bottom

 

こちらのコメントは、大阪の南海とJRを結ぶ歩行者デッキの完成記念式典に参加した時のものですが、川淵三郎さんが妻・康子さんにひと目ぼれ!?だったのでしょうか。

「この場所でまたいつか多くの愛が育まれることを願っています」というコメントがなんとも乙女な感じがしますが、それだけ康子さんとの出会いが運命的だったのでしょうね。

 

今回の東京五輪・パラリンピック組織委員会・森会長の後任を引き受けることに対して家族からは反対されたということでしたが、妻の康子さんもきっと心配しているからこその反対だったのではないかと思われます。

 

川淵三郎さんの2人の娘さんについては、一般の方ということもあり、名前や年齢などは公表されていないようです。

ただ、川淵三郎さんのTwitterにはよくお孫さんのことが投稿されているので、ご結婚されているのは間違いないと思います。

 

また、毎年お正月には親戚が集まるようで、娘さんの旦那さんと思われる人物の写真が投稿されていました。

正月には親子8人でいろんな遊びを楽しんでいたようですが、そうすると川淵三郎さん、妻・康子さん、娘さん2人、その旦那さん2人、孫2人ということになるのでしょうか?

単純に考えて、娘さん2人ともがご結婚されて、それぞれに子供がいるとすればこんな感じの家族構成になるのかなと思います。

 

調べていくと、川淵三郎さんには3人のお孫さんがいるようでいた。

 

川淵三郎さんはお孫さんとの中もとてもいいようです。

お正月にも毎年遊びに来ているようですし、年賀状のやりとりなどもあるようです。

 

合成写真の右側に写っているのがお孫さん?でしょうか。

お孫さんの年齢は2019年で高校2年生とうことなので、2021年現在では、すでに高校は卒業されていますね。

 

一緒に食事などにも出かけているとのことでした。

高校卒業後の進路や名前などは分かりませんでしたが、川淵三郎さんとはとても仲が良いということがわかりました。

 

川淵三郎のプロフィール

川淵三郎さんのプロフィールについてまとめてみます。

名前:川淵 三郎 (かわぶち さぶろう)

愛称:キャプテン、槍のかわぶち

生年月日: 1936年12月3日(84歳)

出身地:大阪府高石市

身長:172cm

体重:72Kg

現役代表歴:1958〜1965年

監督歴:1972〜1975年 古河電工  / 1980〜1981年 日本代表

中学:大阪府高石町立高石中学校(野球部)

高校: 大阪府立三国丘高等学校(サッカー部)

大学:早稲田大学第二商学部商学科(サッカー部)

中学では野球bに所属していましたが、高校からサッカー部に入ります。

が、初めは「汚れるし痛い」とあまりいい印象がなく退部しようとするも、部員に「サッカーなら、試合遠征で色んな場所に行ける」と口説かれて残ったということです。

 

大学では、早稲田大学ア式蹴球部(早稲田大学のサッカー部)に所属し、関東大学リーグで優勝をしています。

大学卒業後には、古河電気工業に入社し、同社のサッカー部で1970年までの10年間現役でプレーをしていました。

 

その後は、古河電気工業サッカー部監督や日本代表監督などもしており、社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)設立じには、初代チェアマンに就任しました。

現在は、日本サッカー協会(JFA)の相談役もしているサッカー界の重鎮と言われています。

 

今回の東京五輪・パラリンピック組織委員会・森会長の後任を引き受けることに対しては「とても断る状況ではなかった。名誉なこと。森さんのご尽力を無にしないためにも引き受けて、何とか力になれればいい」と話したいたそうです。

今後、コロナ禍でオリンピック開催がどのようになっていくのか不安がありますが、川淵三郎さんは「残る人生のベストを尽くしたい。(五輪、パラを)何としても開催できるように持っていくのが一番大きな使命だ」と就任に前向きなコメントをされていました。

 

こんな一面も

川淵三郎さんは、頻繁にTwitterの更新をしています。

現在84歳の川淵三郎さんは、とても好奇心旺盛な方のようで、自撮りやLINEなども積極的にやって楽しんでいるようです。

 

 

こちらの投稿はTwitterで初めて写真の投稿をされた時のものです。

写真初投稿が妻の康子さんとの2ショット!なんて本当に仲の良いご夫婦なんですね。

 

また、LINEにもチャレンジしていたようです。

お孫さんに教えてもらったということですが、お孫さんとの関係もすごくいいのが伝わってきます。

 

84歳といえば、世間一般的に「おじいちゃん」と言われる年齢ですが、Twitter、LINE、自撮りなど若者が使いこなしているツールにも楽しんで参加しているようでした。

また、Twitterの中には、ご家族とのやりとりなどもあげられていて、家族の仲の良さが伝わってきました。

 

まとめ

今回は『川淵三郎の妻(嫁)・子供(娘)・孫など家族構成は?プロフィールも調査!』と題してまとめてみましたので、参考にしていただけるとうれしいです。

  • 川淵三郎の妻(嫁)・子供(娘)・孫など家族構成は?

 

川淵三郎さんは、妻と2人の娘さんの4人家族でした。

また、お孫さんは3人いるとのことです。

 

  • 川淵三郎のプロフィール

名前:川淵 三郎 (かわぶち さぶろう)

愛称:キャプテン、槍のかわぶち

生年月日: 1936年12月3日(84歳)

出身地:大阪府高石市

身長:172cm

体重:72Kg

現役代表歴:1958〜1965年

監督歴:1972〜1975年 古河電工  / 1980〜1981年 日本代表

中学:大阪府高石町立高石中学校(野球部)

高校: 大阪府立三国丘高等学校(サッカー部)

大学:早稲田大学第二商学部商学科(サッカー部)

84歳とは思えないほどに、TwitterやLINEなど若者の文化にも興味津々で、積極的に活用されているようでした。

また、今回いろいろ調べていくととても家族と仲が良く、愛妻家の一面もみられました。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。